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つややかな漆地に浮かびあがる、金銀の気品ある輝き。蒔絵は日本独自の美術工芸であり、かつて“黄金の国、漆の国”とうたわれた日本の各時代の美意識を映すものでした。今回は徳川美術館 学芸部の吉川美穂さんを訪ね、「大蒔絵展」の見どころと蒔絵の魅力についてお伺いしました。
「蒔絵は、漆で描いた絵の上に金銀の粉を蒔いて模様を表す技法です。私がよく蒔絵の技を例えるのが、ソースせんべいです。ソースを塗ってせんべいに青のりをふると、塗った部分だけが模様として残りますよね? あれと同じ原理です。」と茶目っ気たっぷりにお話しくださる吉川さん。
今回の「大蒔絵展」は、平安時代から現代にいたる蒔絵の銘品を紹介する展覧会です。「時代や作家に限定されたものが多い中、千年の歴史と美の系譜が見て取れる蒔絵の展覧会は画期的です。」選りすぐりの蒔絵が出品されるまたとないチャンスに胸がふくらみます。
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奈良時代に始まった蒔絵は、平安時代になると貴族の優雅な暮らしを彩りました。当時、「唐様」から「和様」へと変わっていった美意識に、蒔絵の意匠もまた影響を受けました。「唐様」は唐草や鳳凰などを空間いっぱいに埋めつくすような中国風の華美な様式ですが、次第に身近な蝶や鳥、草花などのモチーフや余白が好まれるようになり、純日本風の「和様」の意匠が主流となっていきます。
出陳を心待ちにされている方も多い、国宝「源氏物語絵巻」(徳川美術館所蔵)の「宿木一」「柏木一」の絵には、蒔絵が施された調度品が登場します。「平安貴族のプライベート空間に蒔絵調度があったことを伝える、貴重な資料となっています。」
その蒔絵に描かれた飛び交う鳥、松や草などのちらし文様は、和様の美を象徴し、料紙の装飾にも見出せることから人々の美しい感性が伺えます。
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鎌倉時代には、技術も向上し、今につながる蒔絵の基本的な技法が完成しました。この頃から「歌絵」という和歌や漢詩にちなんだ意匠がみられるようになります。歌や詩を、絵や文字で自在に表現した図柄は、それを知らないと解けない謎解き遊びといった趣です。
室町時代に入ると、武家と貴族の文化が混ざり合い、能にまつわるモチーフも登場するようになります。能が人々を魅了していった様子が想像できます。技法もぐんと進化し、幸阿弥家などの蒔絵師の家系も生まれ、表現はより繊細に、いっそう技が磨かれていきました。
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桃山時代には、高台寺蒔絵の流行などしつらいを彩る蒔絵ニーズが一気にあがりました。見栄えの良いものが好まれ、一方で西洋から渡来した人々が蒔絵に魅せられ、宣教師や商人が盛んに国外へ輸出しました。
江戸時代を迎えると、進化を続けた蒔絵は幸阿弥家が技を凝らした日本の漆工芸に輝く逸品「初音の調度」の作品に見られるようなものへと高まっていきました。
「漆芸という観点からすると、『初音の調度』はさながら“蒔絵の技巧のデパート”です。金銀がふんだんに、一部に地中海産のサンゴなども使われ、当時の幕府の威光を示すかのようです。平安時代から脈々と進化してきた蒔絵の技法が最高峰に達したのが、この調度だと言えるでしょう。」
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斬新かつ大胆なデザインで蒔絵に新風を吹き込んだ、本阿弥光悦や尾形光琳の名作もご紹介しましょう。
彼らは、江戸時代のマルチアーティスト。「初音の調度」のように精緻な技巧を尽くすというよりは、「デザインで勝負!」といったところがあります。光悦の作とされる「舟橋蒔絵硯箱」は、山のように盛り上がったフォルムと貝や鉛板などの素材使いがクリエイティブ! 蓋に「東路の佐野の舟橋かけてのみ 思ひわたるを知る人ぞなき」の文字がセンスよく描かれています。
光悦の蒔絵を継承し、その上で独自のデザインがいかんなく発揮された光悦の大胆な構図と作品も見どころです。
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現代の名工の作品も見逃せません。
今回の特別展にご尽力された重要無形文化財保持者(人間国宝)の室瀬和美さんの作品をはじめ、室瀬氏が薫陶をうけられた、「漆聖」とよばれ、漆芸初の人間国宝に認定された松田権六さん、同じく人間国宝の田口善国さんの作品などが並びます。
室瀬さんは、文化財の保存修理や古典研究に取り組みながら伝統と美と、現代感覚を融合された作品を制作されています。「室瀬先生はその代表作『蒔絵螺鈿丸筥 秋奏』を、金粉からご自身でつくられました。鉛とチタンの平文(ひょうもん)など素材に寄り添った表現の美しさに、ため息がこぼれます。」
吉川さんをガイドに、千年の時を麗しい蒔絵とともに旅しているかのような気分になりました。雅やかな蒔絵の世界、スペシャルなコレクションを、この春ぜひ、お愉しみください。
2023年1月現在の情報です。
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御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの美術品や歴史資料を収蔵。大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。
■徳川美術館
〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 TEL.052-935-6262https://www.tokugawa-art-museum.jp休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)