姫君もおとぎばなしが大好き!?

「竹取物語」に代表されるように、平安時代から愛されてきた絵物語。絵と物語が一緒になることで、より親しみやすく、武家の姫君にとっては、人生や教訓を学べる教養の書であり娯楽の対象でもありました。現代にも受け継がれているおとぎばなしは「室町時代につくられた『お伽草子』が基となっています。平安文学や軍記物語、能、民間伝承などを取り入れたテーマも多種多様な短編物語で、その数は400編以上にのぼるといわれます。みなさまにもおなじみの『浦島太郎』『一寸法師』も、『お伽草子』が原典なのですよ。」主人公もバラエティに富んでいて、公家や武士、僧侶はもちろん、庶民や異国の人に動物まで!物語が織りなす世界観に、わくわくと胸をときめかせた人々の姿が目に浮かぶようです。

婚礼調度の絵巻は、福を招くお話「文正草子」

物語を描いた絵巻は、尾張徳川家の姫君のお嫁入り道具の定番でもありました。徳川美術館に伝わる「文正草子(ぶんしょうぞうし)絵巻」は、11代斉温(なりはる)夫人・福君(さちぎみ)の婚礼調度品であったことがわかっています。多くの物語があるなかで、なぜこの「文正草子」が選ばれたのでしょう?「おめでたづくしの物語は福を招くと歓迎され、婚礼時や新年を彩る吉書として大事にされてきたのです。」
その福を招くお話の内容とは!?
「常陸(ひたち)に住む文正という男が製塩業で成功して長者となり、鹿島大明神に祈って、2人の姫君を授かりました。姉妹の美しさを伝え聞いた関白の子息の中将が、商人姿に偽装して常陸へくだり姉君と結ばれます。実は中将だったと判明し、姉君は京で正室となり、妹君は帝の女御に召され、文正夫妻も公卿となって栄え、長寿に恵まれました。」
めでたし、めでたし。富、子宝、玉の輿、出世、長寿と、人もうらやむ幸運ぶりです。結末は『まづまづめでたきことのはじめには、此さうしを御覧じあるべく侯』と締めくくられ、「幸せにあやかりたいなら、まずこの物語を読みなさい」というメッセージに思わず笑みがこぼれます。

中世の漫画!?うっかり娘の悲喜劇

「掃墨(はいずみ)物語絵巻」は、『お伽草子』の前に成立したといわれ、とてもユニークな絵物語です。吉川さんに、そのあらすじを伺いました。
「ある僧が娘のもとを訪ねた時のこと。突然の訪問に慌てた娘は、おしろいと眉墨を間違えて化粧してしまいます。真っ黒な娘の顔を見た僧は、鬼かと恐れおののき逃げ去りました。何ごとかとやってきた母も「娘が鬼に食べられた?」と驚愕。やがて誤解がとけ、母から鏡を渡された娘も自分の顔に驚いたというお話です。」

今でいうと、メイク道具を取り違えたそそっかしい失敗談でしょうか。「現代の感覚からみると、笑い話ですよね?ですがお話には続きがあって、悲しんだ娘が世の無常を悟り、仏道に励むという結末なのです。仏教に救いを見出した当時の考え方が、よくあらわれています。」
この絵巻は、四季の移ろいとともに展開していく様が特徴です。さらによく見ると、絵のそばに「あらおそろしおそろし」といった登場人物のセリフを発見!まるで漫画の吹き出しのように、登場人物の心の動きがいきいきと伝わってきます。

鬼退治に活躍した武将の武勇伝

最後に、平安時代の武将が鬼と恐れられる酒呑童子を退治する「大江山絵巻」をご紹介します。
「公家の娘が次々と姿を消す怪事件が発生。安倍晴明の占いから、大江山に住む酒呑童子のしわざとわかりました。源頼光ら4人の武将に「退治せよ」との命がくだり、彼らは住吉・熊野・那智三社の神に助けられて、見事に退治。京へ凱旋したというお話です。」
緊迫した戦いのシーンも描かれていますが、江戸時代の姫君は『平家物語』『吾妻鏡』『源平盛衰記』などの歴史書や軍記物語も愛読していたようで、「徳川家の源流につながる源氏の武将が主役の武勇伝ですから、武家のお殿様や姫君に好まれたという説もあります。」と吉川さん。
心を動かし、時には登場人物に自身を投影したり、教訓を得たり。いにしえより人々と豊かな時を共にしてきた絵物語。久しぶりに、子どもの頃に好きだった絵本を、またひらいてみたくなりました。

2022年10月現在の情報です。

御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの美術品や歴史資料を収蔵。大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。

■徳川美術館

〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 TEL.052-935-6262https://www.tokugawa-art-museum.jp休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)

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