日本の食文化にふれる旅 奈良のうま酒
Route 日本清酒の礎~菩提酛づくり~ 伝統と革新の未来スタンダード

みなさまは清酒がお寺で生まれたことをご存知でしょうか?
奈良では、正暦寺を中心に清酒のルーツを探り、現代に生かす取組が行われてきました。その活動の中心となられている正暦寺と油長酒造を訪ねてみましょう!

そのはじまりは
寺院秘伝の酒造り
「僧坊酒」

豊かな緑に包まれ、秋は紅葉の名所として知られる奈良市の正暦寺。創建は992年と千年以上の歴史を持つ古刹を、油長酒造の13代・山本長兵衛さんと訪ねました。出迎えてくださったのは、住職の大原弘信さん。正暦寺が清酒発祥の寺院とされている説について、お話しくださいました。「この正暦寺は平安時代、一条天皇の勅命で兼俊僧正により創建され、後に三条天皇綸旨には国家安寧の御願寺とあります。権勢を誇った藤原家と縁が深い寺で、最盛期には120の僧坊が並ぶひとつの都市のような大寺院でした。現在は奈良の市街地から9kmほど離れていますが、当時は興福寺の隣まである広大な寺領を擁していました。」ところが、室町時代になると国費の支給が滞り、お寺の経営は危機に!「そこで、寺院の財政を支えるための酒づくり、いわゆる“僧坊酒”の醸造が行われるようになりました。」
現在のところ、日本最古とされる民間の酒造技術書「御酒之日記(ごしゅのにっき)」には、正暦寺で菩提泉(ぼだいせん)という酒づくりをしていたことが書かれています。「とはいえ、少量の酒づくりでは大寺院の維持には到底至らなかったことでしょう。」これに対し山本さんからは経営者の立場で質問。「大量の醸造と品質の安定のために、正暦寺の酒づくりは進化したのでしょうか?」
「この時代、小さな甕(かめ)で酒のもとである酒母(しゅぼ)をつくり、大きな桶に移して蒸米・米麹・水を3回にわけて加え、発酵させていく方法が生み出されました。」とおっしゃる大原さんに、「いわば大量に造るための技術革新をかなえる環境が、このお寺にあったわけですね。」と山本さん。正暦寺でつくられた酒母は、菩提酛(ぼだいもと)と呼ばれました。そんな進化を遂げた酒造りも、江戸時代に正暦寺の財政がさらにひっ迫し、菩提酛を使った酒づくりは途絶えることになります。

※2022年10月現在の情報です。

奈良のうま酒
未来を醸す菩提酛の夢
青龍が夢にでてきた岩清水

歴史から姿を消してしまった菩提酛を復活させたい!その志を抱いて、奈良の蔵元の有志が大原さんのもとを訪ねたのは、1996年のこと。山本さんのお父様である12代・長兵衛さんも、その活動の中心となった一人でした。奈良の蔵元と正暦寺、奈良県の研究機関がタッグを組み、「菩提酛復活プロジェクト」として伝説の菩提酛仕込みをよみがえらせることになりました。

※2022年10月現在の情報です。

このプロジェクトを成功させるため、なんとしても醸造、発酵の要となる菌を見つけなければ…!正暦寺の広大な境内で菌を探し始めましたが、調査は難航。3年が経ったある時、明治初期まで使われていた古井戸の源流の岩清水に、素晴らしい乳酸菌が含まれていることを発見したのです!「正暦寺は、一条天皇が夢のなかで青龍が降り立った地を探させ、そこに建立されました。その夢の青龍が現れたとされる青龍ヶ淵が近くにありますが、菌が見つかった岩清水はその源流なのですよ。奇跡のような発見にメンバー一同がわき立ちましてね。」と感慨深げに振り返る大原さん。それから正暦寺は、日本の寺院で初の酒母製造免許を取得し、菩提酛仕込みは見事な復活を遂げました。それ以来、毎年1月上旬に境内で菩提酛を仕込むお祭りが行われ、奈良の7つの蔵元がこの菩提酛をもとに、それぞれの技法で清酒を醸造しています。油長酒造は、「鷹長」という銘柄で販売しています。一方で、正暦寺を中心に近頃新たな試みが進行中とのお話も。「先ほどお話しした『菩提泉』は、量産のための菩提酛づくりと段仕込みが発明される以前のお酒です。その復元に取り組んでいます。」と大原さん。約450年の時を経て、清酒のルーツが新たな姿でよみがえります。

生きた表情を愉しむ
奈良の銘酒「風の森」

「次は、私たちの蔵へいらっしゃいませんか?」山本さんのお誘いを受けて、奈良県御所市にある油長酒造へやってきました。油長酒造の看板ブランドといえば、大人気の「風の森」。奈良育ちの米で奈良を代表する酒づくりを志した先代がつくられた、無濾過・無加水の生酒です。「父が生みだした『風の森』を、さらに進化させていくのが私の役割。酒造りの技術を磨いた室町時代の人たちに負けるわけにはいきませんからね。」とほほえむ山本さん。「風の森」は、奈良で栽培される秋津穂米を使い、火入れをせずにしぼりたてを味わうお酒。「しぼりたての生酒は、いわば生花のつぼみ。飲まれる時に開花を迎えるのが理想です。開栓後に数日寝かせると、また新たな表情が愉しめます。一期一会の出会いがある、生きたお酒なんです。」
ひと口含んでみると、爽やかな香りとともに、奥行きのあるうまみが広がります。「少しとろみのある質感が、よりうまみを感じる理由かもしれませんね。」
チャレンジ精神旺盛な山本さんは、秋津穂以外の酒米で醸すことにも意欲的です。さらに、精米歩合や製法を変えて、味の違いを表現。時代に合った愉しみを求めて、「風の森」のラインアップは豊かに進化しています。

原点回帰
古典を読み解き、
醸す「水端」

正暦寺と同じく、原点回帰の取り組みを、油長酒造でも行っています。2021年より、いにしえの酒造技術を古典からひも解き醸した新ブランド「水端(みづはな)」の取り組みをスタート。そのお手本となったのは、「御酒乃日記」と興福寺の僧が記した「多聞院日記(たもんいんにっき)」でした。
醸造する専用蔵は、創業当時に建てられた享保蔵。室町時代にならって、大甕(かめ)で仕込みます。「夏は『菩提泉』のつくり方、冬は『多聞院日記』の記述を参考に醸します。夏と冬では気温が違うため、当然つくり方も味も変わってくるのですよ。」と語る山本さんの目は生き生きと輝いています。
できたお酒を試飲させていただくと、ヨーグルトのような酸っぱさのなかに、ほのかな甘みが。軽快なのに複雑な風味は、伝統を軽やかに再現する油長酒造の姿に重なります。ふと見上げると、壁に飾られた正暦寺の大原さんによる揮毫を発見!お2人の志が、享保蔵のなかで響き合うようでした。

※2022年10月現在の情報です。

大和橘
非時香果(ときじくのかくのこのみ)
GINとの出会い

油長酒造はいま、蒸留酒づくりにも挑戦の幅を広げています。そのきっかけとなったのが、奈良・桜井市にあるバーに出かけた時、名バーテンダーの渡辺匠さんとの出会いがきっかけでした。「ここで出会うカクテルが、とても魅力的で。その時、奈良らしさを生かしたジンをつくりたいという想いがふくらんでいったのです。」と山本さん。
奈良は古くから薬草づくりが盛んで、その土地柄らしく、奈良のボタニカルを使ったオリジナルのジンが生まれました。その名も、橘花ジン。ふくよかな香りを添えるのは、「日本書紀」にも登場する大和橘と大和当帰。大和橘は「ときじくのかぐのこのみ」と呼ばれ、不老長寿の実として愛された逸話をもち、油長酒造の家紋でもあります。
先人がのこした知恵と出会いから、新しい動きが生まれていく様子は、なんと清々しいのでしょう。自分たちのルーツを大切にする心、その志が、奈良のうま酒のベースと知ることができました。
奈良のうま酒は、日本酒だけにとどまりません。これから迎える年末年始のお酒には、GINもラインナップに揃えたくなりました。

●大丸心斎橋店 地2階〈リカーショップ グランセルクル〉にて油長酒造の「風の森」「橘花 KIKKA GIN」をお求めいただけます。
ご好評により在庫切れや一部取り扱いのない場合がございます。あらかじめご了承ください。※「水端」は、冬期の取り扱い予定でございますが、自然熟成のお酒のため10月末現在の入荷予定は未定です。詳しくは、お電話でお問い合わせください。

2022年10月現在の情報です。

■菩提山真言宗 大本山 正暦寺

奈良市菩提山町157
TEL.0742-62-9569
拝観時間/9:00~16:00 ※11月のみ17:00までhttps://shoryakuji.jp/

■油長酒造

奈良県御所市1160https://www.yucho-sake.jp/