パワフルな人物表現は圧巻!

1,000人近い人々の乱舞。その熱気が絵から立ちのぼるよう!徳川美術館が所蔵する「豊国祭礼図屏風」は、豊臣秀吉の7回忌にあたって京都・豊国神社で催された「豊国大明神臨時祭礼」を、浮世絵の祖と言われる岩佐又兵衛とその工房が描いたとされています。見る人を圧倒する稀代の名画のお話を、学芸部の吉川美穂さんに伺いました。
「戦乱が収まった江戸時代初期、人々の考え方は『憂世』から『浮世』へと、この世を愉しく浮かれて過ごそうという流れに変わりました。こうした時代の空気を反映した風俗画が数多く描かれ、浮世絵の原型となったのです。」
岩佐又兵衛は、別名「浮世又兵衛」と言われ、その独創的な画風は生前から評判となっています。彼の絵には、どのような特徴があるのでしょう?「お祭りの狂乱をいきいきと伝える力強い筆致とエネルギッシュな人物表現に、注目してほしいですね。たくましい身体、誇張された手足の動き、ふっくらした頬と長いあごを強調する『豊頬長頤(ほうきょうちょうい)』の描き方は、又兵衛ならではです。」

能舞台の「翁」奉納のそばでは、喧嘩にナンパも!?

又兵衛の筆致が冴える傑作を、さっそく鑑賞してみましょう!「豊国祭礼図屏風」は左右2隻が一組となり、向かって右側の右隻には、秀吉を祀る豊国神社の様子が描かれています。絵の上部にある豊国神社では、社殿付近で刀や玉を投げる田楽が奉納されています。中央に設えられたのは、大きな能舞台。「猿楽四座の太夫4人が一度に舞う贅沢バージョンで、『翁』の演目を大の能好きだった秀吉に奉じています。まわりの桟敷で、公家や大名たちも能に見入っていますね。絵の右下には三十三間堂。その前を、着飾った神官200人の騎馬行列が通ります。本来なら整列して進むところが、馬が暴れて行進がぐしゃぐしゃに。」なんとも騒がしい限りです。
おもしろいのが、派手な身なりや風変りを好む「かぶき者」たちが登場する左上のシーン。橋の向こうに、すれ違いざまに女性に声をかけるナンパなかぶき者を発見!橋の手前には、喧嘩で荒ぶるかぶき者の姿も。かぶき者が持つ刀の鞘には、「いきすぎたりや、廿三、八まん、ひけはとるまい」の文字が記されています。23歳にして「生き過ぎた」という嘆きからは、戦が終わって力を発揮できず、エネルギーを持て余す若者のモヤモヤが伝わってくるようです。

タケノコのコスプレに、思わず2度見!?

左隻には、秀吉が建立した方広寺を背景に、人々が「風流踊り(ふりゅうおどり)」に興じる姿が描かれています。「風流踊り」は、太鼓や笛の音にあわせて、華やかに着飾って歌い舞う踊りです。左隻の鑑賞のポイントはどんなところでしょう?「展示するたびに話題を呼ぶのが、タケノコのコスプレに扮したおじさんです。」今で言う「ゆるキャラ」のような、何とも愛らしい姿ですよね。このタケノコおじさんは、ただの物好きでタケノコの着ぐるみを着ているわけではなさそうで、24人の親孝行の物話を集めた中国の書物「二十四孝」の「雪中の筍」という話をもとにしたと考えられています。親孝行だった秀吉にちなんだ演出に、心意気と独特のセンスが光ります。さらに細部を見ていくと、めでたい七福神の姿や当時最先端の南蛮ファッションなど、様々なコスプレイヤーが描かれています。「風流踊り」の踊り手は、京都の上京・下京に暮らす町衆たち。牡丹や蝶などの飾りをつけた「風流傘」を中心に、人々が輪になって踊り、祭りはクライマックスを迎えています。
秀吉がつくらせた大仏と大仏殿は、『豊国祭礼』の時点では火災で焼失していましたが、あるべき姿として神秘的な金雲とともに描かれているのも、興味深いポイントです。
「江戸初期の人々の、愉しむ力と発想力に驚かされます。」と吉川さん。今も昔も、お祭りは気分を高揚させ、明日への希望をもたらしてくれるもの。名画から、たくさんの笑顔とパワーをもらいました。

2022年4月現在の情報です。

御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの美術品や歴史資料を収蔵。大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。

■徳川美術館

〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 TEL.052-935-6262https://www.tokugawa-art-museum.jp休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)

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