散りばめられた遊びごころと愛情~千代姫の婚礼道具・国宝「初音の調度」~今に伝わる大大名家 尾張徳川家・姫君の暮らしから ー徳川美術館ー
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比類なき麗しさで今も人々を魅了する、
千代姫ゆかりの婚礼道具・国宝「初音の調度」。
徳川美術館の吉川美穂さんに、
お道具にまつわる美しい物語についてお伺いしました。
将軍家に生まれ、千代姫はわずか2歳半でお嫁入り
徳川3代将軍・家光公の長女として生まれた千代姫は、2歳6カ月で尾張徳川家2代光友公に嫁いだ姫君です。徳川美術館が所蔵するその華麗な婚礼道具は「初音の調度」と呼ばれ、歴史的・芸術的に高い価値を持つことから国宝に指定されています。今回は学芸部・吉川美穂さんに、千代姫と「初音の調度」についてお話を伺いました。
「家光公待望の第一子だった千代姫は、徳川将軍家と尾張徳川家の結びつきを強めるため、生まれてすぐに縁談が決まりました。嫁いだ後も将軍家の一員として大切にされ、尾張徳川家の江戸屋敷には千代姫専用の屋敷も建てられるほど、別格に大事にされた姫でした。」と吉川さん。そして、光友公との間には2男2女が生まれ、ご夫婦の仲は円満だったとみられていて、千代姫は62歳で亡くなるまで「姫君様」と呼ばれ、将軍家の姫君として一生を送られたと伝わっています。
最高峰の技と素材を施した婚礼調度
千代姫のご結婚にあたり、2年余りをかけて、「源氏物語」の「初音」や「胡蝶」の帖を題材にした婚礼調度が用意されました。「『初音の調度』には当代最高峰の蒔絵技術がさまざまに駆使されていて、その絵柄や表現は、時の将軍・家光の娘にふさわしい格調の高さを誇り、材料も金銀や地中海産の赤珊瑚と豪華で、表から見えない細部にまで緻密な細工が施された芸術品の数々です。」と目を輝かせる吉川さんのお話は続きます。
「初音」の題材に込められた親ごころ
武家社会を治めた徳川将軍家は、「源氏長者」であったこともあり、とりわけ「源氏物語」を重視され、武家の奥方・姫君にとって、教養や心映えを学ぶ教本でもあったようです。なかでも「初音」は光源氏の栄華を描いたお話であることから、吉祥の帖とされ、光源氏が、娘・明石の姫君が紫の上と暮らす屋敷を元旦に訪れたときの様子と、そこへ届いた実母・明石の君の和歌の情景が描かれています。
「明石の君は、『元旦と子の日が重なったおめでたい日に、年月を待って過ごす私に、今年初の便りをください。』と詠っています。『鶯』は明石の姫君を、『まつ』には年明け最初の子の日に松を引き抜く貴族の遊びから引用され、『待つ』と『松』の2つの意味がこめられています。数え3歳の娘と離れて暮らす母の切ない心情がひしひしと伝わってくる和歌は、幼くして娘を嫁がせた家光公の境遇ともかさなりますから、この題材を選んだ意図には、娘の幸せを願う親ごころもあったのではないでしょうか。」 吉川さんのお話に、ぐっと惹きこまれてしまいました。
遊びごころと粋 ~文字と絵が融合した葦手絵~
吉川さんに、見どころをお伺いすると、「『初音』のお道具の見所は、細部まで行き届いた工芸としての巧みさと、匠が創りだすその『遊びごころと粋』なところでしょうか。光源氏や女君などの人物は登場せず、松や梅、鶯が『留守模様』と呼ばれる象徴的なモチーフで物語が描かれていたり、その絵柄の中に、和歌の文字があちらこちらに散りばめる『葦手』と呼ばれる絵文字がルーツと言われる吉祥文字の漆工芸を用いたり。職人の心意気も、さまざまな手法が盛り込まれ、美しい情景をなしています。』とお話くださいました。
調度に込められた愛情とこころを豊かに育む物語をそばに感じる暮らし。そんな喜びに、私達も触れることができたひと時でした。秋の夜長。「源氏物語」をもう一度読んで過ごすのも、いいかもしれませんね。
徳川美術館の紹介
御三家筆頭の尾張徳川家に受け継がれた大名文化を後世に伝えるため、19代義親により1935年に設立された美術館。「源氏物語絵巻」をはじめとする国宝9件、重要文化財59件など1万件あまりの大名道具を収蔵。
大名家伝来家宝のコレクションとして日本最大規模を誇ります。
〒461-0023 名古屋市東区徳川町1017 TEL.052-935-6262 https://www.tokugawa-art-museum.jp
休館日/月曜日(祝日・振替休日の場合は直後の平日)